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フランスがテロとの戦争を宣言~フランス泥沼化~テロが世界へ波及【イスラム原理主義台頭は欧米の干渉が原因】

フランスが決断したようです。

仏首相:「テロとの戦争に入った」…治安強化を表明 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20150114k0000m030121000c.html
2015年01月14日

フランスのバルス首相は13日、国民議会(下院)で演説し、「フランスはテロとの戦争に入った」と宣言した。治安対策の強化に乗り出す方針を表明し、「われわれは世俗主義と自由のために戦う。(テロ再発防止のために)あらゆる手段を取る」と語った。

バルス首相は演説で「これはイスラム教やイスラム教徒との戦争ではない」と強調し、「テロリズム、聖戦思想、過激思想との戦いだ」と語った。
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フランスとイスラムとの関係を読む一つの資料として、ある対談をメモしていたのを紹介しますが、イスラム原理主義を台頭させたのは欧米のイスラムへの干渉が原因である事がわかります。


「アラブの春」と呼ばれたチュニジアとエジプトに争乱が起きた頃、2011年2月23日に行われた藤井厳喜氏(国際政治アナリスト)と小松啓一郎氏(マダガスカル大統領顧問)との対談を以下にコピペします。


この対談ではアラブの春が仕掛けられた罠で、「アラブの春」などととても呼べない酷い策略だった事にも触れていますが、本質は欧米の勝手な論理で行われたイスラム世界への干渉が多くの問題を引き起こし、植民地時代からの闘いが未だに続いているという話です。

※2011年当時のメモなので、現在と同じ状況ではありません。
---コピペ-----

リビアのカダフィ大佐がいなくなると(イスラム世界に)もっとひどい独裁者で原理主義者が出てくる。

※注:カダフィ大佐は2011年10月20日、NATO軍の手によって殺害された。その後は予言通り、原理主義者が勢いづきISIL(いわゆるイスラム国)などが生まれた。


カダフィは軍部をバックにした近代的な側面がありイスラム原理主義とは距離を置く指導者であり、イランのホメイニのような狂信的な指導者ではなかった。


チュニジア争乱の前、日本アラブ連盟経済フォーラムという国際会議が開かれており、アラブ連盟の大臣級・企業・政府高官が来ていた。

当初は、日本人300人、アラブ系100人くらいを想定していたのが、日本人だけで400人、アラブ人800人以上参加。チュニジア側がそれを見事にこなし、チュニジア政府の経済振興策や外交方針が明確だった。


終わった3日後から争乱の動機となる焼身自殺が起こった。

政府のデモ対応が通常の対応をし、背後にイスラム原理主義勢力がいるということで、周辺アラブ諸国にその事を心配する人がおり、特使を派遣し「このままだと中東アラブ諸国全体に広がる恐れがある」とし、ザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー大統領はできるだけ早く国外脱出をして治めるようにしなければならない。

極秘に脱出を図り、フランス政府が気づいたのは前日。


ベン・アリ大統領の独裁政権に対する民主化運動だとする誤った見方がされる中で、脱出2日前にフランス政府は、「対デモに対する治安専門チームを出動させる用意がある」と言ってしまった。

「フランスが独裁政権を支持して民主化運動を潰そうとしている」と思われてオバマもトーンダウンした。これが政局化している。


フランスの植民地だったアルジェリアはフランスから独立する戦争で大変犠牲を出し、根っからの反仏になっているが、ベン・アリ政権はフランスべったりの政権で、フランスの橋頭堡になっていた。

フランスが旧植民地への工作をやる時はベン・アリ政権を使ってやっていた。チュニジアに関してはフランスは非常に親しかった。なのに、フランスはチュニジアの大統領脱出を前日まで知らなかった。

ベン・アリ大統領は他のアラブ諸国に亡命できず、フランスに打診したところ、フランスは大歓迎するとの声もあったが、フランス国内に多数のチュニジア系の住民が600万人もおり、その大半が反ベン・アリで、その中にフランス支援で徹底的に弾圧していた原理主義者がフランスにいた。

その中に、ゲリラ戦士やテロリスト達が混じっており、イギリスを含めた各国にいる事がわかり、ベン・アリ大統領を受け入れると国内のテロ攻撃・争乱を招いてしまうため、左派が中心に反対論が大きくなったため断った。


チュニジア・エジプトの紛争は、2007・8年頃から始まっているAQIMとフランスとの全面対決の中で、紛争の発展型として出てきている。

AQIM(アルカイーダ・イン・イスラミック・マグレブ:マグレブのイスラム教徒・アルカイーダ)エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、モーリタニアがマグレブ地方。その中でAQIMの前身は数十年前、第2次大戦より前のイスラム原理主義の流れがある。


アルジェリアは独立以降、冷戦終結するまで社会主義独裁だった。冷戦が終わった90年代初めに欧米諸国からの強い圧力により社会主義独裁をやめて複数政党制の民主主義選挙をやり、その結果、90%以上の支持率でイスラム原理主義政党が勝ってしまった。


社会主義からイスラム原理主義政権への移行期に軍事クーデターが起こり、軍部は宗教を排除する立場で軍事政権として出てきて、海外から呼び戻したアルジェリア人を大統領に据えて、全世界向けのテレビ画面の中で大統領のボディーガードが大統領の頭をピストルで撃ち抜いたショッキングな事件があった。

そのボディガードは社会主義独裁政権が1970年代前半から作っていた情報機関の一員だったことがわかった。


社会主義一党独裁政権の恐ろしさがわかり、欧米はイスラム原理主義も社会主義独裁もイヤなので軍事政権を支持した。

現地から見ると、もともと欧米の圧力で始めた民主選挙をやって、自分たちで選んだ政権が認められず、自分たちとは関係のない軍事クーデター政権が認められた。

現地の人たちと欧米の間に大きな矛盾があるダブルスタンダードができた。



社会主義勢力とイスラム勢力が連携し、共に対軍事政権紛争に入っていく。

欧米の支援を受けた軍事政権という共通の敵の名の下に、宗教を認めない社会主義勢力とイスラム原理主義勢力が組んでしまい、社会主義勢力の中の情報機関にイスラム部隊ができ、これが原理主義勢力の一翼を担った。



その後10年間の内戦があり10万人以上の死者が出た。原理主義勢力は多くのテロ活動をやり、アルジェの空港でハイジャックした空港でパイロットを射殺して死体を窓から放り投げた事件などが起こった。


内戦状態は2000年前後に終結し、多数党制選挙が行われるようになったが、戒厳令は敷かれたままで自由な国になったわけではない。

社会主義独裁の流れを汲む勢力が連立として現政権の中に入り、その中にいたイスラム部隊が政府組織の中に入って、アルジェリア政府の中にテログループが入っていた。


原理主義勢力がグローバルに活動を始め、アフリカ全体にイスラム首長国を作るという構想をぶち上げ、モーリタニアの青年がそれに賛同し大量に入ってきて、アルジェリア人の人数が少なくなり、モーリタニア系の組織になってきた。


アルジェリアの国家というたがが外れアルジェリアのコントロールが効かない過激組織になった。2007年に名前を変えてAQIMとなる。


本体のアルカイダとの関係はモラルサポートを受けて道義的に支持するというスタンスを取るが、資金面での連携は無いので独自に資金集めをする必要があり、次々に人質誘拐事件を繰り返すようになった。

※注:2013年、アルジェリアで日本人技術者10人が殺害される事件が起こりました。


サルコジ大統領はイスラム女性が顔に被るニカブと体全体を隠すブルカを禁止し、2010年の議会で通ってしまい、憲法評議会も合憲と見なし、2011年の4月から執行される事になっている。


もとは親米勢力だったビン・ラディンが過激になったのは、湾岸戦争の時に、サウジ政府が米軍の受け入れをし、米軍女性兵士が休暇の時にビキニでいるなどイスラム文化からはあり得ない事をやっている、サウジ政府はそれを認めるのか、と非難する者達が現れたのが過激化の原因となった。


 それを過激派というのであれば、イスラム女性が頭巾をフランスで被るのを違法とするのは同じではないか、とカルチャーのぶつかり合いになる。


AQIMはフランスをターゲットに宣戦布告をし、フランスは本土でやられると困るので、西アフリカ諸国で軍事作戦に入った。モーリタニアから始まり、マリ共和国、ニジェールあたりにAQIMの拠点への攻撃を始めた。


ニジェールの北部にアレバという大きなフランス系ウラン採掘会社があるが、アレバの職員を集中的に誘拐され、毎月のようにその周辺国にも同様の事件が起きた。


これに対してフランスが人質救出作戦をやるが、英米が乗ってこない。リーマンショック後の財政が大変で、アフガンからの撤退した結果、ようやく軍事費を削る事が出来たが、新しい戦争をやる余力がない。


昨年7月を最後にイラクから本格的に撤退し、今年7月をメドにアフガンから撤退を始める。財源的に厳しく、国民の厭戦気分が激しく、米兵が6000人死んでも対テロ戦争の埒があかないので進められない。


ニジェールの場合は首都以外の危険地帯には外交官も軍人も入ってはならないという明文を出したので、英米のビジネスや旅行者が人質に取られても、対応できない事を明確に言っている。


従って対テロ戦争に関しては英米はその地域ではやる気がない。

アメリカでさえ、埒があかないのに、フランスが対応できるのか。フランスは単独ではやりたくないので、モーリタニアの大統領を説得してモーリタニア国軍とフランス軍との連合軍として活動を始めた。


しかし、所詮、テロリストであるゲリラ部隊を相手に戦っても戦っても、結局フランス側が敗北して相当な犠牲者を出し、救出するはずの人質の遺体を置いて帰るという事を繰り返していた。


今年もフランスとモーリタニアが悲惨な戦いをやっていた。フランスはニカブとブルカの禁止が欧州全体の流れだと思いこんでいたが、実際にはそうではない。

またこの措置が過激なものだとは思っていないが、イスラムの人々から見れば過激な措置だと思っている。


アフリカでの工作はチュニジアを通してやられたので、フランスが手足をもがれることとなった。失業率が高いとかファクターがあるのは事実だが、誰が火を付けたかは別である。潜在的な問題はあっても、誰も火を付けなければ争乱にはならない。


ベン・アリ大統領が教育熱心だったためチュニジアは高等教育を受けた出身者が85%に達した。しかし、卒業した後の就職先が無く、35歳未満の失業率が35~40%。非常に優秀なエンジニアも失業したままだったというのが不満の一つ。

ベン・アリ大統領と前妻は腐敗していなかったが、その方が亡くなって後妻に来た人の家族がチュニジアの重要なポストを殆どを占めて腐敗した。ベン・アリ大統領が止められなかったためベン・アリ批判が起きてきた。

国外に出ていたイスラム原理主義者が焼身自殺した者の亡くなり方が衝撃的だった。これがYouTubeに出て興奮する者が出てきて、それに対して腐敗や失業率の問題を提示してアジった者がおり、原因をベン・アリ一人を悪いとすり替えたデモに切り替えた。


民主化運動でも何でもない。一部にはいるが中身は違う。

エジプトは3~4が教育を受けておらず、問題はあったとしても社会構造もチュニジアとは全く違う。ところが、火の付け方がそれぞれのフラストレーションに巧妙に火を付けていった者がいる。


ムスリム同胞団のスポークスマンが穏健派だとしても、彼らの中にはシーア派のイランから資金提供を受けている者、スンニ派系アルカイーダからカネをもらっている者、西アフリカAQIMからもらっている者、スンニ派ハマスからもらっている者、ヒズボラからもらっている者などの緩やかな連合体である。

穏健派を頭領に置いてそれにインタビューさせて国際的に安心させる戦略があり、それが政権に入って影響力を及ぼし始めたところで、誰が牙をむくのかがわからない。彼らを穏健な勢力だと言い切るのは非常に危ない。


サダト大統領を軍事パレードの最中に暗殺したのはムスリム同胞団の一派だった。オサマ・ビンラディンのNo2と言われているザワヒリ(※注:ビンラディン死後は最高指導者)もムスリム同胞団にいる。


エルバラダイなど民主化を考えているグループもいるが、中東に自由と民主主義を持っていくとその結果としてイスラム化していくのは必然。

アルジェの結果も、パレスチナのガザの90%の支持を得てハマスが政権につくのもそうだ。パキスタンの部族地域や一部のアフガニスタンで民主選挙をやるとアルカイーダ政権が選ばれてしまう可能性もある。


自由主義・民主主義とは相容れないイスラム原理主義の政治体制が民主主義選挙によって生まれるのは当然。


彼らはイスラム教の価値観の中で日常生活を行っており、欧米が言っている民主主義・自由主義・キリスト教の価値観から異教徒として見られているフラストレーション、欧米の植民地だったりして近代に於いてはずっと負けてきたイスラム社会が、異質のキリスト教文化を押しつけられてきている長い間のフラストレーションがある。


それを自由にやれと言われると、我々のやり方に戻したいということで、イスラム文化のほうが安心感があるので、民主主義だとか自由主義の西洋的システムを作ると、イスラム的に行くのは必然。


イスラム原理主義がいるからといって、そうなっていく事が民主的でない、という話ではない。民主化すればイスラム化していく。民主化とは西欧型の民主化だけとは限らない。


独メルケル首相は、「我々の対イスラム政策は100%間違いだった」、エジプト争乱以後、仏サルコジ大統領、英キャメロン首相、オバマ大統領も「今までの我々のやり方は100%間違いだった。全面的な見直さないといけない。」と言って会合を始めている。

----とりあえずここまで---------

2011年時点で、欧米が反省したかに見えたが、その後もイスラム移民が全ヨーロッパに増え続け、事態はますます複雑化して今に至っている。


反省は口先だけで、本当の反省などしていない。上で書いた「イスラム原理主義を台頭させたのは欧米のイスラムへの干渉」との認識などない。

アメリカがフセインを殺害した結果、イスラム世界の近代化を目指したフセインの理想が崩れ、原理主義を抑える大きな重石をどかせてしまったとの意識すらないのだから。


フランスがテロに屈しない姿勢は、国家の自立の観点で、無差別殺人という悪逆非道に負けないという意味では正しいが、これまで欧米、特にフランスが歴史的に多くの失敗を繰り返してきた事を考えた時、簡単には片づけられない複雑な問題である事は確かだ。


今回の戦争宣言で、間違いなくフランスは多数の死者が出る内戦状態に陥り、それがヨーロッパ、ひいては世界に波及する。


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Author:暴れん坊侍
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妻(日本人)と娘・息子の4人家族を持つ生粋の日本人。

政治に目覚めたのは1982年冷戦まっただ中の頃。信頼できる情報を得る手段が少ない時代だった。

きっかけは、マモーノヴァ・ヴォズネセンスカヤ著「女性とロシア」。自由平等の理想天国だと宣伝されていた共産国家ソ連が牢獄国家だと知り、マスコミと教育機関による情報操作によって真実が隠されウソを信じ込まされている現実をまざまざと知った。


インターネットが一般化しだしてからネットを中心に活動を始めたが、保守系政治活動の中に潜むスパイの策略にかかって仲間を失ったのを機にそうした運動とは距離を置いている。


2014-11-02よりブログ始動

※ だいたい勢いで記事を書いてしまうので、誤字・脱字・文章表現のまずいところなどあるが、アップした後で修正するのが常である。ご了承願いたい。

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