スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

共産主義にも復活の道あり [般若心経と伝道の書][幸福のスイッチ]


貧富の格差がなく皆が平等の社会。共産主義の理想は実際には実現せず、恐怖支配による言論弾圧で自由無く物質的貧困に苦しむ世界を作った。


階級を無くしたが、平等社会を管理する共産党が特権階級となった。

医者も事務員も同じ給与という賃金の平等から、仕事をサボる習慣が常態化。

生産物の品質低下と慢性的な品不足。長い列を並ばなければパンも手に入らない停滞した社会。

アルコール中毒者が蔓延する裏側で女性が重労働に従事して家庭が崩壊して国民の心が荒む。

一般人が貧困化しているのに、共産党幹部だけは高給与という所得格差。


結果の平等が公平な社会を作る----それは幻想であり、平等の実現がより一層の不平等をもたらす事を明らかにした壮大な社会実験で終わった。


とかく、人の心はややこしい。

不幸の原因である貧困を克服すると、その豊かさによって心が病む。

快楽が増せば、より以上の刺激を求め、空虚さが増す。

富めば富むほど独占欲が増し、他人への警戒心と不信感が増す。

地位が上がれば上がるほど、権力欲と権力闘争が増す。


整った社会であればあるほど、心の矛盾を増大させ、その不条理が表出した社会は見るも無惨なものとなる。


勤勉よりも怠惰、善よりも悪に移ろいやすい複雑な人の心を考慮せずに社会をデザインし、人を型にはめるとやがて不満が爆発する。

今の中国や北朝鮮がやっているように力で押さえつけば、内部にますます不満を溜め込むことになる。



「般若心経」は、プラスの働きがあると人間の邪心がマイナスの作用となり打ち消しあってプラスが消えてしまう。結局、全ては実体が無い「空(くう)」であると説く。


旧約聖書の伝道の書にはこうある。
[空の空、空の空、いっさいは空である。
日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。]
[すべての事は人をうみ疲れさせる、人はこれを言いつくすことができない。目は見ることに飽きることがなく、耳は聞くことに満足することがない。]
[わたしは自分の心に言った、「さあ、快楽をもって、おまえを試みよう。おまえは愉快に過ごすがよい」と。しかし、これもまた空であった。]
[わたしはわが手のなしたすべての事、およびそれをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であって、風を捕えるようなものであった。]



人間の心には善の部分と邪心とがある。

邪心が心を空虚にさせ、社会を荒廃させてあらゆるものを破壊する。その事実から目を背け、力で押さえられると考えたところに共産主義失敗の原因がある。


豊かになっても豊かさに溺れず、快楽を得ても空虚にならず、地位を得ても高慢にならず、創造的・建設的により良い社会を作ろうとする、そういう者だけで共産主義国家を作れば成功するだろう。


言い換えれば、人の心が持つ邪心、自己中心的な我欲から脱した者が社会を構成する事。共産主義が成功するには、それが最低の条件である。


大げさに聞こえるかもしれないが、寺や教会で修行しろというわけではない。


幸福のスイッチ 沢田研二 上野樹里

沢田研二扮する町の小さな電気屋さんの店主が、お客さんへのアフターサービスに走り回り、娘が振り回されるストーリーで、松下電器(現:パナソニック)が製作に協力した「幸福のスイッチ」という映画がある。



~ウィキペディアより~(ネタバレ注意

「イナデン」は地域の人達に親しまれている、『お客第一・儲けは二の次』がポリシーの小さな電器屋。

三姉妹の真ん中・怜(上野樹里)は、母が亡くなるまでもそれから後も、家族よりお客からの修理依頼などのアフターサービスに尽くす父・誠一郎(沢田研二)の姿がどうしても我慢できず、反発して上京した駆け出しのイラストレーター。

だが肝心の仕事でも上司と衝突し、とうとう会社を辞めてしまう。そんなある日、怜のもとに現在妊娠中の長女・瞳(本上まなみ)が倒れて入院したとの手紙が、三女の香(中村静香)から届く。

あわてて和歌山に帰郷した怜だが、入院していたのは父の誠一郎だった。父は客の依頼で行なったアンテナの設置中に、屋根から落ちて骨折したのだった。

そんな状態でも、お客と電話で話す父の姿にあきれる怜。

父が退院するまでの1か月間の約束で、しぶしぶ店の手伝いをする怜だが、すっかり常連客の溜まり場となっている店の騒がしい日常や、配達・修理作業を手伝いにきている中学時代のクラスメイト・鈴木(林剛史)のお調子ぶりなどにうんざりする。

さらに最悪なことに、父の過去の浮気疑惑まで再燃して、怜のイライラはピークに達する。

だが、慣れない家業を地道に手伝っていく中で、あちこちに住む個性的なお客さんたちの依頼を受けたり、そこで父の仕事ぶりの評判を聞いたりするうちに、それまで意固地でかたくなだった怜の心も、少しずつほぐれていくのだった。
-----------

幸福のスイッチ 2 沢田研二 上野樹里


仕事によって心の修行をし、閉ざされた心が前向きな心に変わった話。


仏教には、仕事でも家事でも遊びでも、地に足付けて一歩ずつ歩めば、全てが修行の場となるという「歩歩(ほほ)是(これ)道場」という考え方がある。


宗派は人それぞれが自分にあったものを選べば良く、悟りを目指し心を磨くのであれば、武道でも華道でもスポーツでも、人それぞれが自分の好きな分野を修行の場に出来るという訳だ。



「幸福のスイッチ」の映画を例に取ると、仕事に疲れ生きる事にも疲れた少女が、父の仕事を通して自分のつまらないプライドが壊され、裸一貫の真実な自分と向き合った時、神性が宿っている本来の自己の心に目覚めたと見る。


自分の利益よりも他人を満足させる仕事に励む事よって、般若心経や旧約聖書・伝道の書が伝える核心的な実存への覚醒が促される一例だ。



こういう経験ができ、自己中心的な我欲から脱し、創造的に生きる事ができる者を生み出す社会なら国の体制がどんな形であろうとも、心を病むことはない。


こうした人や店、会社の集合体を国全体でバックアップするような共産主義社会を形成すれば、かつての失敗した共産主義にはならないはずである。


その際、機会の平等を国が保障しても、結果の平等は失われる事となり、もはやそれは共産主義とは言わないかも知れないが、それぞれの頑張りによって富に差が生じるのはむしろ健全な社会を作る原動力ともなる。


無神論から有神論へと生まれ変わり、「仏作って魂入れず」だった共産主義から脱すれば、ごく一部の富者が富を独占する現代のグローバリズム資本主義に代わって、よりもっと血の通った温かみのある社会体制となり得るかもしれない。



にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ←「いいね」と思ったらクリックを


関連記事
スポンサーサイト

謹賀新年 2015年 はじけ飛ぶ予感PageTop第3次世界大戦は既に始まっていた [Norse Dark Intelligence - IPViking Live]

Comment

Commentの投稿

 管理人だけに表示する

プロフィール

暴れん坊侍

Author:暴れん坊侍
*

妻(日本人)と娘・息子の4人家族を持つ生粋の日本人。

政治に目覚めたのは1982年冷戦まっただ中の頃。信頼できる情報を得る手段が少ない時代だった。

きっかけは、マモーノヴァ・ヴォズネセンスカヤ著「女性とロシア」。自由平等の理想天国だと宣伝されていた共産国家ソ連が牢獄国家だと知り、マスコミと教育機関による情報操作によって真実が隠されウソを信じ込まされている現実をまざまざと知った。


インターネットが一般化しだしてからネットを中心に活動を始めたが、保守系政治活動の中に潜むスパイの策略にかかって仲間を失ったのを機にそうした運動とは距離を置いている。


2014-11-02よりブログ始動

※ だいたい勢いで記事を書いてしまうので、誤字・脱字・文章表現のまずいところなどあるが、アップした後で修正するのが常である。ご了承願いたい。

最新記事

カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント

メッセージ送信
フリーエリア

検索フォーム

ブロとも申請フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。