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■朝日に呆れるだけではなく、日本の伝統的良心に帰れ【日本の伝統は曖昧ではない】


まず、朝日の記事のアホさ加減に呆れて下さい。この記事の批判をしたいわけではありません。

少し哲学的な話を書きます。こういうネタはアクセスが減るけどご理解を。


(社説)検定発表―教科書はだれのものか:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_gnavi
2015年4月7日(火)付

教科書は、国の広報誌であってはならない。

(略)

 領土問題は、社会科の全社が扱った。「日本固有の領土」「竹島を韓国が不法に占拠している」など編集の指針をなぞる社が多い。相手国の主張や根拠まで扱った本はほとんどない。これでは、なぜ争っているか生徒にはわからない。双方の言い分を知らなくては、中韓やロシアとの間で何が解決に必要かを考えるのは難しいだろう。

 文科省は答えが一つでない問いについて、多様な人々と話し合いながら解決の道を探る力を育てようとしている。その方向とも相いれない。

 社会科の教科書は、国が自分の言い分を正解として教え込む道具ではない。子どもが今の社会や過去の歴史、国内外の動きを理解するのを助けるためにある。政府の見解を知っておくことは悪いことではない。ただ、それは一つの素材に過ぎない。

 例えば戦後補償問題の場合。戦争で被害を受けた人々の証言、彼らの生きた戦後、中韓や欧米、国連の動きも併せて紹介し子どもが考える。そんな教科書が求められるのではないか。
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両論併記というものが実はクセモノ。


双方の言い分を載せろというのであれば、日本以外の国が法を犯してまで日本の領土を手に入れた事実も正確に載せるべき。

また「中韓が戦争被害を受けた」と主張する側を出せというのなら、「それらが全部デタラメである」と主張する側の根拠を正確に載せるべき。それならOK。


以前、こういう事を書きました。

【平昌五輪は韓国の責任・日本は無関係】悪や不正を曖昧にする日本人に真の自立はあり得ない
http://abarenbouzamurai.blog.fc2.com/blog-entry-47.html

禅の言葉
「両頭(りょうとう)倶(とも)に截断(せつだん)して、一剣天に倚(よ)って寒(すさま)じ」


両頭とは「Aが正しければBは間違い」のように、ある立場から物事を見て判断する考え方の事。


この言葉は、そういう相対的な考え方を脱して、「天の一剣によって本質に迫れ」、つまり「神の視点で物事のありのままの姿を見よ」と教える言葉です。

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左翼は社会の下から物事を見、右翼は上から見ると言い、裁判では弁護人と検察官とに分かれて議論し合います。

本質は何か、真相はどうなのかを突き詰めるには、どちらの側にも立ち、どちらの側にも立たない、絶対的公平と絶対的中立とを以って曇りのない目で実相を見なければなりません。

当然、悪や不正を見逃すような甘さは通用しません。

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聖徳太子が説いた「和を以て尊しとなす」は、議論の限りを尽くした後、最後は特定の誰かが得をせず、誰もが納得する結論に導くために神の目で裁定を下す事によって、お互いが納得して和が成り立つという意味です。


悪の入り込めない厳しさに裏打ちされた精神性が不可欠の考え方です。

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「両方の言い分を戦わせろ」というのが朝日の主張で、西洋型の近代思想にどっぷり漬かった今の世のシステムもそういう考え方の上に成り立っています。裁判しかり、政党政治しかり。


しかし、そういう考え方だけで本当に皆が幸せになるのかというと、両側の主張を並べても、結局は力の強い側、声の大きい側が勝つのが世の常。


与党が強いからといって与党のやりたい放題は許されないし、野党であっても与党よりも良い政策を出す場合もあります。

二手に別れて主義主張を戦わせて勝者を決めるという考え方自体が、西洋的な考え方で本来の日本の精神にはないものです。


聖徳太子の時代以前の日本では、西洋型の「争い」による解決ではなく、厳しさと冷徹さに裏打ちされた絶対的中立と公平による和の政治が行われてきました。それが本来の日本の伝統でもあります。


かつて古代の日本がそうであったように、神の如く絶対中立・絶対公平の視点から見るのでなければ、真実は見えてきません。


その感覚は日本人なら誰もが何となく感じて知っています。


少年法や日本国憲法が現実と合わなくなって、改正が必要だと言われるようになりましたが、改正賛成、反対の立場を超えた中立的立場で考えても、そのままではおかしいと感じているからです。


この感覚こそ、神より与えられし人間の感性からくる普遍的なバランス感覚だと考えられます。


「正」と「法」を西洋的に捉えれば、「正しい事」と「法律」と読めますが、仏教ではそんな形式主義的なものとは考えません。


「正」とは善悪を超えた中正不偏のほとけの心。
「法」は、根源的な真理であり、ほとけのこころに宿るもの。


日本の伝統である仏教文化にそういう高度な考え方があるのに今やすっかり忘れられてしまいました。我々はいかに西洋近代主義の考え方に毒されているか。日本の伝統的なものをいかに失ってしまったかがわかると思います。


保守系の言論人が日本の伝統を論じる時に、「日本人が曖昧である事が伝統なのだ」と言う結論をよく見かけます。


しかしそれは、複雑で歪な物体を粘土を当てはめて滑らかにならすが如くに、見事に調和させてしまう日本人の高度な精神性を、結果に現れた表面的事実を安易にイメージしたに過ぎません。


最近、保守層がよく言う「日本の精神こそが世界を救う」という論理は、そう信じたいけれども、「曖昧」などという低レベルな感性では、悪に対しても「まぁ、いいじゃないか」となってしまい、凶悪化する世界をとても救う事はできません。


現に、戦後の日本は、官僚が好き勝手に政治を操るなど、力のある者が世の中を牛耳る世界となっており、「まぁ、いいじゃないか」と悪いものが放置される風潮が大きく影響している現実があります。


仏教が「正」と「法」を明確にその本質を射貫いている事からもわかるとおり、日本人の伝統を「曖昧」というイメージで捉えるのは、甚だ本質から外れています。


戦国時代を戦い抜いた武将が曖昧な価値観だったのか。そうではありません。曖昧などとても許されないリアルな戦いの連続だったのが日本の武家社会であり、天下泰平の世が来ても決してそんな甘い世界ではなかった。


武士の名に値しない事をやれば切腹という命懸けの価値観のどこが曖昧なのか。またその武士の考え方が一般庶民の生活にもいかに見事に結実していたか。


それを考えると、日本人は武士であろうとなかろうと、西洋的発想とは無縁の調整能力を発揮するバランス感覚を持っていた。その根拠として神の目で物事を見ることが出来る高度な精神性こそ日本の伝統的精神である、という事ができるのではないかと考えます。


しかし、日本の伝統を「曖昧」としか感じ取れないほどに現代人の感覚が腑抜けてしまっている事が大きく日本を蝕んでいるのも事実で、本当の日本の伝統に帰る必要性を痛感いたします。



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水島氏のトンデモ理論

スレチで済みません。

「動物が掘り下げる」くまさんのブログで、田母神事務所横領問題に関して水島氏はトンデモ理論を展開してると言ってます。

http://blog.livedoor.jp/kumafight/archives/1024179162.html

ご覧になってなければどうぞ。参考になります。
その他、水島氏に関していろいろ掘り下げてます。

Re: 水島氏のトンデモ理論 白うさぎ様

> スレチで済みません。

いいんですよ。


> 「動物が掘り下げる」くまさんのブログで、田母神事務所横領問題に関して水島氏はトンデモ理論を展開してると言ってます。
>
> http://blog.livedoor.jp/kumafight/archives/1024179162.html


読みました。この方の指摘されている内容は実は私も感じていたんですが、かなり詳しく書かれていて説得力があって、素晴らしい記事だと思います。本当に水島氏は最低。


> その他、水島氏に関していろいろ掘り下げてます。


水島氏の掘り下げの記事は既に読んでいます。そして、その内容を紹介するつもりで準備していたんです。私とは全くスタンスが違いますが、なかなか良いブログですね。

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プロフィール

暴れん坊侍

Author:暴れん坊侍
*

妻(日本人)と娘・息子の4人家族を持つ生粋の日本人。

政治に目覚めたのは1982年冷戦まっただ中の頃。信頼できる情報を得る手段が少ない時代だった。

きっかけは、マモーノヴァ・ヴォズネセンスカヤ著「女性とロシア」。自由平等の理想天国だと宣伝されていた共産国家ソ連が牢獄国家だと知り、マスコミと教育機関による情報操作によって真実が隠されウソを信じ込まされている現実をまざまざと知った。


インターネットが一般化しだしてからネットを中心に活動を始めたが、保守系政治活動の中に潜むスパイの策略にかかって仲間を失ったのを機にそうした運動とは距離を置いている。


2014-11-02よりブログ始動

※ だいたい勢いで記事を書いてしまうので、誤字・脱字・文章表現のまずいところなどあるが、アップした後で修正するのが常である。ご了承願いたい。

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