スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「軍は攻撃の道具」としか考えないようでは話にならない【米国外交に付き合いすぎるな】


安倍政権は自衛隊を海外派遣できるように法改正をする準備に入った。


仮に日本がテロリスト殺害の訓練までしている自衛隊のレインジャー部隊を中東に於ける人質救出に出動させたとしても、テロ対策に万全の体制が整っていない現時点では、失敗して死傷者を出す危険性が高すぎる。


無条件に外国へ自衛隊を出せば良いというものではない。かといって現状のまま何も手を打たなければ、、今以上の成果は期待できない。


アルジェリアで日本人技術者10人が殺害された事件では軍のオペレーションが整っていて早期に出動していれば助かったかも知れない。「テロ対策は自衛隊の派遣無しで」という議論はもはや成り立たないという結論が出ている。


マスコミが垂れ流す「何が何でも軍の出動はしない」という前提では、結局、テロリストの交渉と外交努力だけでテロ対策を考えるしか無く、結局最後は殺害されるか、テロリストの要求を受け入れてテロ拡散に協力するか、どちらかを選ぶ事になる。


そうならないためにも、軍を出動させるあらゆる準備-----人質の場所特定などの技術面、情報や特殊部隊の運用面、他国と連携するなど外交の分野など--------それらを全て整えなければならない。


そして、外交のツールとしての強い軍隊という意識を持つ事が重要。


自国を優位に置いた外交交渉をする上で強力な軍事力が最も重要なのだが、アメリカが悪い見本を見せてしまっているので始末が悪い。



19世紀の世界の覇権国=大英帝国は普段は軍を出動させず軍を背景とした最強の外交力を駆使して、覇権国の権勢を保ち続けるという良い手本を残している。


大英帝国にとっての強い軍隊とは、他国を攻めるよりも外交力を発揮するための強力な後ろ盾として、したたかな外交力で無駄な争いを起こさせないためのものであった。


世界最強の英国軍を前に、手を出せば自分がやられるのを分かっている敵国は迂闊に手を出せず、英国は臨戦態勢で待ち構えている軍が脅しとなって常に強気の外交を行っていた。


外交によって、敵が同盟を組んで刃向かってこないように敵の同盟関係を崩し、敵の仲間をこちらに引き入れて敵を離反させ、敵の経済を叩いて弱体化させる。

そうしながらも同盟国とは強い信頼関係を作っていく。


大英帝国が軍を使うのは、敵が万策尽きて捨て身で攻撃を加えてきた時に、最後の手段として使うのみ。そういう鉄壁の体制を作ってこそ国家と国民だけに留まらず、ヨーロッパ全体の安定を維持する事ができたのである。


アヘン戦争に於いても、英国の首相や外交官を務めたパーマストン子爵は「とても理性ある人間とは思えない悪魔のような中国人の大群は叩きつぶしておかないと何をしでかすかわからない」と考えており、単に中国を侵略したかったのではなかった。


全盛期の大英帝国は、孫子の兵法そのものの外交をやっていたのだ。ヨーロッパ各国に同盟や協商の関係作りに奔走し、無意味な争いを起こさせなかったプロイセン(ドイツ)の名宰相ビスマルクも同じである。



現代の覇権国アメリカは、こういう軍隊の使い方ができず、軍事力の行使一辺倒で、大英帝国のようなしたたかで強力な外交力がない。


中東で見られるように、せっかくイスラム原理主義を抑えていたフセインやカダフィを殺し、敵と味方をころころ変える外交政策で、利権を得たい目的がミエミエで、イスラム教国家から本当の意味での信頼関係を作れていないため、サウジアラビアなどから常に足下を見られている。



明治時代の日本は争いが絶えないヨーロッパのどの国とも利害関係がない、調停役となれる唯一の国だった。今日の日本も良く似ている。


日本が世界の対立する国々との間に立ってどちら側にも味方になれる絶妙な位置を生かした外交を行うには、軍が出動できないというのでは話にならない。


ISILに湯川氏と後藤氏2名の人質を殺害された日本がこれ以上の被害者を出さないだけではなく、中国・北朝鮮の脅威に対抗するにも、日本が仲介者となって世界の紛争を沈めるにも、旧態依然とした考え方ではもうもたないのだ。


にほんブログ村 政治ブログ 保守へ←「いいね」と思ったらクリックを



関連記事
スポンサーサイト

【韓国八方ふさがり】二枚舌外交のツケ・中国と米国からの追求に打つ手無しPageTop朝日はテロリストの仲間だった【外務省が抗議】【捏造情報を意図的に流す】

Comment

Commentの投稿

 管理人だけに表示する

プロフィール

暴れん坊侍

Author:暴れん坊侍
*

妻(日本人)と娘・息子の4人家族を持つ生粋の日本人。

政治に目覚めたのは1982年冷戦まっただ中の頃。信頼できる情報を得る手段が少ない時代だった。

きっかけは、マモーノヴァ・ヴォズネセンスカヤ著「女性とロシア」。自由平等の理想天国だと宣伝されていた共産国家ソ連が牢獄国家だと知り、マスコミと教育機関による情報操作によって真実が隠されウソを信じ込まされている現実をまざまざと知った。


インターネットが一般化しだしてからネットを中心に活動を始めたが、保守系政治活動の中に潜むスパイの策略にかかって仲間を失ったのを機にそうした運動とは距離を置いている。


2014-11-02よりブログ始動

※ だいたい勢いで記事を書いてしまうので、誤字・脱字・文章表現のまずいところなどあるが、アップした後で修正するのが常である。ご了承願いたい。

最新記事

カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント

メッセージ送信
フリーエリア

検索フォーム

ブロとも申請フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。