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■新幹線乗務員に賞賛の嵐/実直さと勤勉さ、これが日本の凄さだ!【安全神話に激震?何それ?】



新幹線放火事件に関し、マスコミはこういう事は伝えないんですかね。

煙を吸いながらトンネルを抜けるまで運転し続け救急搬送された運転手と冷静で適切な対応をした車掌さん、新幹線の頑丈さ、勤勉なJR職員に賞賛の声が他数上がっているそうです。


事後3時間で運転再開!想定外の新幹線火災でも素早く対応したJRに賞賛の声 – grape [グレープ] – 心に響く動画メディア
http://grapee.jp/61748

2015年6月30日午前11時半に発生した東海道新幹線火災。新幹線初の「列車火災事故」となりました。

しかし、事後3時間という驚異的な早さで運転を再開し、翌7月1日には通常通り運転しています。そんなJRの対応の素晴らしさにTwitterでは賞賛の声が上がっています。

なんて頑丈な機体!

訓 ‎@kuni_gm_head

と言うかね、焼身自殺って衝撃的な事態のせいでみんな気が回ってないかもしれないけど、運転席直後のデッキに可燃性の油撒いて放火された車両が鎮火後に自走可能なんだよ?内装材に延焼しての被害拡大がないんだよ?とんでもない防火基準で作られた物が当たり前に走り回ってるんだよ?
2015年6月30日 17:46

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ニワカは相手にならんよ ‎@niwakaha

新幹線火災で「安全神話に激震」という某紙の書き方は、放火魔一人が悪いだけなのに、JR東海職員の日々の安全への努力を蔑ろにしてみえるかもだが、しかし同時に「こんな焼身自殺でも全然燃え広がらがらず、新幹線の安全神話はより強化!」と書くわけにいかない新聞社の気持ちもまた理解できるのよね
2015年6月30日 21:03

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ニワカは相手にならんよ ‎@niwakaha

「むしろ全然燃え広がらず新幹線安全神話はより強化」という見方に「そういう考え方もあるか!」とレスがついたので補記。2003年韓国の大邱地下鉄放火事件では自殺志願者がペットボトルでガソリン振りまき、火災が編成全体に拡大、192人死亡です pic.twitter.com/raIb1t40nS
2015年6月30日 23:04

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冷静かつ勇気ある行動

KITE ‎@KITEis

今回の件に関しては「運転席の真後ろで火災が発生しても、それで車庫まで自走可能な堅牢な新幹線」ももちろんだけど、「この衝撃的な事件を、深刻なパニックを起こさずに解決したJRの職員」ももっと賞賛されていいと思う。
2015年6月30日 19:29

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蒼式(あおしき) ‎@Type_AO

新幹線焼身自殺男の火を消したのは乗務員の消火器だそうだ 某国なら速攻で車両脱出するだろう所を的確な対応したのに誰も褒めない 他の客も若干パニックにはなったもののドアこじ開けての脱出も無し そしてその日の内に再稼働する新幹線の技術力 どこに安全神話崩壊やモラルの低下があるのか
2015年6月30日 18:43

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なんと旅行中止扱いに

櫻井重利 ‎@sakura_is

今日新幹線を使っていて、自社に非がない事件でも旅行中止扱いにしてくれて浜松まで無事帰れました。JR東海、JR東日本の方々どうもありがとう。
明日改めて新幹線で上京します。
「安全神話に激震」?
はは、何をおっしゃいますやら。
2015年6月30日 19:26

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運転士さんすごすぎる…

sansiti21 ‎@sansiti21

規定通りに即座に急停止させ、自ら消火器で火災を消し止め、焼死体を現認し、おそらく乗客救護や現場検証等にも立ち会い、運転の安全を確認して、再び車両を運転し次の駅まで走らせ・・・てから体調不良を訴えて救急搬送された新幹線運転士は、凄いと思う。
2015年7月1日 12:36

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駅員さん、ご苦労様です…

B-YAS ‎@B_Yasuaki

本日の新幹線の事件で散々な思いをしたのですが無事東京に戻り改札を出る際にあまりにも駅員さんが本日は本当に申し訳ありませんでしたと言い続けるので逆に今日一日ご苦労様と言ったらそんな事言われたら涙が出ますと泣かれてしまいました。日本人の職に対する意識の高さにこっちも涙が出てきました。
2015年6月30日 22:02

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これが日本だ!

さな@自閉症介護士 ‎@sana_cchhi

本気で想定外の自爆テロに対して、緊急停車や消火活動のマニュアルを的確に遵守し結果を出したJR運転士と乗務員・恐怖と不安の中で指示通りの行動に終始した1000人超の一般乗客・延燃せずに自走した「新幹線」・3時間で運転再開させた運行システム。これが日本だ。誇って良いじゃん。
2015年6月30日 22:54

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■神風特攻隊「命の使い方」~日本人として知っておきたいこと~





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■朝日に呆れるだけではなく、日本の伝統的良心に帰れ【日本の伝統は曖昧ではない】


まず、朝日の記事のアホさ加減に呆れて下さい。この記事の批判をしたいわけではありません。

少し哲学的な話を書きます。こういうネタはアクセスが減るけどご理解を。


(社説)検定発表―教科書はだれのものか:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_gnavi
2015年4月7日(火)付

教科書は、国の広報誌であってはならない。

(略)

 領土問題は、社会科の全社が扱った。「日本固有の領土」「竹島を韓国が不法に占拠している」など編集の指針をなぞる社が多い。相手国の主張や根拠まで扱った本はほとんどない。これでは、なぜ争っているか生徒にはわからない。双方の言い分を知らなくては、中韓やロシアとの間で何が解決に必要かを考えるのは難しいだろう。

 文科省は答えが一つでない問いについて、多様な人々と話し合いながら解決の道を探る力を育てようとしている。その方向とも相いれない。

 社会科の教科書は、国が自分の言い分を正解として教え込む道具ではない。子どもが今の社会や過去の歴史、国内外の動きを理解するのを助けるためにある。政府の見解を知っておくことは悪いことではない。ただ、それは一つの素材に過ぎない。

 例えば戦後補償問題の場合。戦争で被害を受けた人々の証言、彼らの生きた戦後、中韓や欧米、国連の動きも併せて紹介し子どもが考える。そんな教科書が求められるのではないか。
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両論併記というものが実はクセモノ。


双方の言い分を載せろというのであれば、日本以外の国が法を犯してまで日本の領土を手に入れた事実も正確に載せるべき。

また「中韓が戦争被害を受けた」と主張する側を出せというのなら、「それらが全部デタラメである」と主張する側の根拠を正確に載せるべき。それならOK。


以前、こういう事を書きました。

【平昌五輪は韓国の責任・日本は無関係】悪や不正を曖昧にする日本人に真の自立はあり得ない
http://abarenbouzamurai.blog.fc2.com/blog-entry-47.html

禅の言葉
「両頭(りょうとう)倶(とも)に截断(せつだん)して、一剣天に倚(よ)って寒(すさま)じ」


両頭とは「Aが正しければBは間違い」のように、ある立場から物事を見て判断する考え方の事。


この言葉は、そういう相対的な考え方を脱して、「天の一剣によって本質に迫れ」、つまり「神の視点で物事のありのままの姿を見よ」と教える言葉です。

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左翼は社会の下から物事を見、右翼は上から見ると言い、裁判では弁護人と検察官とに分かれて議論し合います。

本質は何か、真相はどうなのかを突き詰めるには、どちらの側にも立ち、どちらの側にも立たない、絶対的公平と絶対的中立とを以って曇りのない目で実相を見なければなりません。

当然、悪や不正を見逃すような甘さは通用しません。

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聖徳太子が説いた「和を以て尊しとなす」は、議論の限りを尽くした後、最後は特定の誰かが得をせず、誰もが納得する結論に導くために神の目で裁定を下す事によって、お互いが納得して和が成り立つという意味です。


悪の入り込めない厳しさに裏打ちされた精神性が不可欠の考え方です。

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「両方の言い分を戦わせろ」というのが朝日の主張で、西洋型の近代思想にどっぷり漬かった今の世のシステムもそういう考え方の上に成り立っています。裁判しかり、政党政治しかり。


しかし、そういう考え方だけで本当に皆が幸せになるのかというと、両側の主張を並べても、結局は力の強い側、声の大きい側が勝つのが世の常。


与党が強いからといって与党のやりたい放題は許されないし、野党であっても与党よりも良い政策を出す場合もあります。

二手に別れて主義主張を戦わせて勝者を決めるという考え方自体が、西洋的な考え方で本来の日本の精神にはないものです。


聖徳太子の時代以前の日本では、西洋型の「争い」による解決ではなく、厳しさと冷徹さに裏打ちされた絶対的中立と公平による和の政治が行われてきました。それが本来の日本の伝統でもあります。


かつて古代の日本がそうであったように、神の如く絶対中立・絶対公平の視点から見るのでなければ、真実は見えてきません。


その感覚は日本人なら誰もが何となく感じて知っています。


少年法や日本国憲法が現実と合わなくなって、改正が必要だと言われるようになりましたが、改正賛成、反対の立場を超えた中立的立場で考えても、そのままではおかしいと感じているからです。


この感覚こそ、神より与えられし人間の感性からくる普遍的なバランス感覚だと考えられます。


「正」と「法」を西洋的に捉えれば、「正しい事」と「法律」と読めますが、仏教ではそんな形式主義的なものとは考えません。


「正」とは善悪を超えた中正不偏のほとけの心。
「法」は、根源的な真理であり、ほとけのこころに宿るもの。


日本の伝統である仏教文化にそういう高度な考え方があるのに今やすっかり忘れられてしまいました。我々はいかに西洋近代主義の考え方に毒されているか。日本の伝統的なものをいかに失ってしまったかがわかると思います。


保守系の言論人が日本の伝統を論じる時に、「日本人が曖昧である事が伝統なのだ」と言う結論をよく見かけます。


しかしそれは、複雑で歪な物体を粘土を当てはめて滑らかにならすが如くに、見事に調和させてしまう日本人の高度な精神性を、結果に現れた表面的事実を安易にイメージしたに過ぎません。


最近、保守層がよく言う「日本の精神こそが世界を救う」という論理は、そう信じたいけれども、「曖昧」などという低レベルな感性では、悪に対しても「まぁ、いいじゃないか」となってしまい、凶悪化する世界をとても救う事はできません。


現に、戦後の日本は、官僚が好き勝手に政治を操るなど、力のある者が世の中を牛耳る世界となっており、「まぁ、いいじゃないか」と悪いものが放置される風潮が大きく影響している現実があります。


仏教が「正」と「法」を明確にその本質を射貫いている事からもわかるとおり、日本人の伝統を「曖昧」というイメージで捉えるのは、甚だ本質から外れています。


戦国時代を戦い抜いた武将が曖昧な価値観だったのか。そうではありません。曖昧などとても許されないリアルな戦いの連続だったのが日本の武家社会であり、天下泰平の世が来ても決してそんな甘い世界ではなかった。


武士の名に値しない事をやれば切腹という命懸けの価値観のどこが曖昧なのか。またその武士の考え方が一般庶民の生活にもいかに見事に結実していたか。


それを考えると、日本人は武士であろうとなかろうと、西洋的発想とは無縁の調整能力を発揮するバランス感覚を持っていた。その根拠として神の目で物事を見ることが出来る高度な精神性こそ日本の伝統的精神である、という事ができるのではないかと考えます。


しかし、日本の伝統を「曖昧」としか感じ取れないほどに現代人の感覚が腑抜けてしまっている事が大きく日本を蝕んでいるのも事実で、本当の日本の伝統に帰る必要性を痛感いたします。



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打てど響かない国民


保守勢力が少数派だとわかっていたので、あえてランキングサイトの保守カテゴリーには入らずに政治・社会問題という右左入り乱れたカテゴリーに入って爆弾を投げ込むつもりで始めたこのブログ。


実体を真正面から直視すれば、右側の主張も、左の主張も必要なものは必要で、保守だの左翼だの、本当はどうでも良い話。


保守運動とも一線を引いた自分が、浮かれた日本国民に誰彼ともなく爆弾を投げ込んできたつもりだったが・・・


打てど響かない国民の実体を知らされるような日々で、日本人が2人もテロリストに殺されているのに、いまだ覚醒しない日本国民があまりにも多いのじゃないかと感じている。


本当の日本人があまりにも少ない。日本に住んでいる者は多いが、殆どがもう日本人とは呼べない”誰か”そんなイメージをますます強くしている。



危機感も国防意識もない、何の根拠もなく安心しきった大多数の人々が、本当に目覚めるにはもっと恐ろしい事が日本国内に起きないと無理なんじゃないかと、国内でのテロが起こる事を秘かに期待していたりしている自分がいる。


テロを肯定するわけではないが、そんな日本ならいっそのこと滅んでしまったほうが良いんじゃないか、本物の日本人だけが生き残ってボロボロの瓦礫の中から国を作り直した方が、遙かに良い国ができるんじゃないか、とも思っている。


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天皇を個人崇拝してはならない。【日本人の魂の根源は神】【天皇崇拝でも自然崇拝でも無い】

よく「天皇こそ日本人のアイデンティティの根源だ」と言う人がいますが、私には違和感が非常に強いです。


日本の伝統的な仏教から見ても変です。

弥勒菩薩像

少し説明します。

日本にはたくさんの仏像がありますが、仏像とは、お釈迦様が悟った心の一部を目に見える形に現した物で、実在の人物とか誰かに似せて作った像ではありません。


例えば、観音様や阿弥陀様などは実在した人物ではなく、お釈迦様が悟った「空(くう)」の真理を説く般若心経において、邪心から解き放たれた者の象徴を観音様(観世音菩薩や観自在菩薩)と言い、浄土宗において「永遠の命」を象徴する存在を阿弥陀様と呼んでいます。


そこからもわかるとおり、仏像は見えない真理を悟るための道具であって、仏像やお地蔵さんそのものを信仰の対象として拝むというものではありません。偶像崇拝ではないのです。


人間が生きている目的は物質を追い求める事ではなく、真実な心を追い求め、より立派な人間となって良い世の中を作る事にあり、それが宗教の真の目的でもあり、「目に見えるもの」よりも「目に見えない心」のほうが尊いと考えます。



個人崇拝といえば建国の父・金日成の孫、金正恩を個人崇拝させている北朝鮮がありますが、彼を通して見えない真理を悟るという事が目的ではなく、恐怖支配によって人民を金一族の下に置くために行っています。


彼を崇拝しない者は処刑され、崇拝する者は人間として認められ存在が許されるので、北朝鮮人民はそうせざるを得ないからやっているだけで、金一族を尊敬していないのは明らかです。

金正日の死に泣き崩れる北朝鮮人民

金正日の死に泣き崩れる北朝鮮人民・・・でも、演技なんですよね・・・・


北朝鮮人民が自らの生存のために崇拝させられているように、健康になるとか、金持ちになれるなど物質を追い求める御利益信仰と同種のものが個人崇拝の根底にあり、宗教が「心」を尊く考えるのとは逆に、「目に見えるもの」を尊ぶため、富や繁栄を求めて非人道的な事を平気でやったり、呪術や魔術信仰にすり替わるケースが多いのです。


これが「個人崇拝」や「偶像崇拝」というものの実体であり、仏教を信仰している者が、「こころ」よりも御利益を追い求めるならば、それは既に堕落してしまった宗教であると言う事が出来ます。


それは神より与えられた真理によって人間のこころに光を与えるといった、本来、宗教が目指しているものとは根本的に異なります。


キリスト教に於いても、イエスキリストやマリア様そのものを信仰したりするのも偶像崇拝と同じであって、イエスキリストの代理者に過ぎないローマ教皇もキリスト教信仰の象徴的存在であって、教皇そのものを個人崇拝してはならないのです。


天皇を神とする信仰は、天地創造の神が人間の姿となって地上に顕現した方=天皇を現人神(あらひとがみ:生き神様)と呼んで崇拝する信仰ですが、天皇陛下が「宇宙を作ったのは私だ」などと言うわけがなく、「生き神様」など存在しません。


そんなデタラメが元で、死んだ人を「ほとけ」と呼んだり、「死んだら神になる」などと言ったりしましたが、それらは死んだ人の尊厳を傷つけないための方便に過ぎません。


何の修行もしていないのに死ねば自動的にほとけ(お釈迦様)になれるはずがなく、ましてや死んだ人が宇宙創造の神と同じ存在になれるはずがありません。



天皇への個人崇拝が始まったのは明治維新後で、それまでの日本には無かった、いわば人工の創作物で、神社で神様に手を合わせる事とも違います。


しかし、天皇は神社信仰の総責任者として重要な存在なので、「天皇を無くしてしまえ」というつもりはありません。


アメリカから押しつけられた日本憲法は日本の自主自立に関して非常に問題がありますが、天皇を国民の象徴としたのは正解だったと考えます。


明治~昭和初期にかけて、昭和天皇に逆らう貴族院出身の政治家、近衛文麿総理大臣が天皇陛下を裸の王様にして勝手にソ連やドイツと接近し日本を世界から孤立させて戦争に突入した失敗は「天皇陛下バンザイ」のスローガンが利用されて起こった事で、同じ失敗を繰り返してはなりません。※近衛家は天皇陛下よりも偉いといわれる五摂家の家門。



さて、「天皇」が「大王」と呼ばれていた古代の日本人は、豊かな自然に囲まれながら自然そのものを崇拝せず、自然を通してその奥にある目に見えないものを追い求めていました。


自然や生き物そのものを崇めず、海の壮大さ、山の美しさ、野や木々に宿る命を通して、人間を守り育む神の偉大なる豊かな心情を感じて、神とともなる生活を送っていたという事です。


7世紀に神道が「八百万の神」を導入しようとする勢力に乗っ取られてから、山の神、海の神という自然そのものを崇拝する考え方が、それまでの日本人のアイデンティティを塗り替えてしまいました。


こういう本には「大王」が「天皇」になり、自らを神と言い出した事が書かれています。

イラストでわかる 図解日本史


自然を崇拝したからといって、御利益を求めているだけで、心霊が高められ人格がより良く成長するわけではありません。


神道はそんな低次元な偶像崇拝的な自然信仰ではなく、本来はもっと次元の高いものでした。何かの時に日本人がわれ知らず神様に手を合わせるのは、そうした事がDNAの奥深くに刻まれているからです。


(参考)
当ブログ:高倉健、一人神社で手を合わせて祈る姿に日本人の生き様を見る
http://abarenbouzamurai.blog.fc2.com/blog-entry-17.html


それが政治闘争の末に歪められ、間違ったものが現在まで残ってしまったのであって、失われた本来のものこそ、日本人の心の根源であるという事になります。


ということで、天皇が日本人の根源なのではなく、自然を司る神ともに生きる生き方、これが日本人の根源であり心のふるさとである、という事です。


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【平昌五輪は韓国の責任・日本は無関係】悪や不正を曖昧にする日本人に真の自立はあり得ない


マスコミが連日、平昌五輪の開催が危ぶまれていると心配する報道を繰り返していますが、「日韓共同開催でいいんじゃない」とか「韓国国民がそれに大反対している」だとか、どうも肝心な事が抜けていて気持ちが悪い。


平昌五輪の開催を決めたIOCの決定のうさんくささ、
今のこの時期に騒ぎ立てる韓国側の胡散臭さ、
韓国と行き来してばかりの舛添都知事がしきりに発言し、東京五輪の代表者の森元首相からは一向に発言が聞こえてこない胡散臭さ、
マスコミ「日韓共同開催」容認姿勢の胡散臭さ。


揃いも揃って日本に金を出させようという魂胆が透けて見えるのは私だけではないでしょう。


最近のオリンピックは、IOC会長が「キム・ヨナが金メダルを取る」と発言したり、キムヨナの判定が明らかにおかしかったりして、韓国ロビーのワイロ攻勢の影響が色濃く出ている大会ばかりになっているのが現実。


平昌五輪開催の可否は韓国五輪関係者の責任とIOCの責任であって、韓国は全力を挙げて責任を遂行することが全てで、日本は全く関係の無い話。


東京五輪を成功させるのが仕事の舛添がうろちょろと話しに加わる筋合いは無い。


「いいじゃない。日本が協力してあげれば」と言うテレビコメンテーターがいるが、何か起こるといつも「いいんじゃない」とか「仕方がない」という曖昧な姿勢を振りかざすマスコミにいいかげんウンザリです。



もう忘れたと思いますが、韓国で行われたバドミントン世界大会での事。


会場の空調による強風で日本選手がまともに試合をさせてもらえず負けてしまった時、日本のマスコミがどんな放送をしていたか。

NHKバドミントン強風 gifアニメ 2

NHKバドミントン強風 gifアニメ 1

「韓国を抗議などせず、成熟した大人の対応をした方がよい」などという話を各マスコミが流し、日本バドミントン協会は韓国の不正行為を抗議せず。

NHKでは
NHKバドミントン大人の対応 1
NHKバドミントン大人の対応 2


とにかく、韓国・中国へは極端に低姿勢になれ、と言う報道ばかり。一生懸命練習してきた選手達の努力が報われなくて平気なんですかね。



悪や不正を簡単に赦してしまう情けない国民性が日本の伝統ですか?とんでもない!


聖徳太子が説いた「和を以て尊しとなす」は、議論の限りを尽くした後、最後は特定の誰かが得をせず、誰もが納得する結論に導くために神の目で裁定を下す事によって、お互いが納得して和が成り立つという意味です。


悪の入り込めない厳しさに裏打ちされた精神性が不可欠で、単に「仲良くする」という低次元な内容ではありません。


「神の目で見る」を、別の言葉で説明するならば、


禅の言葉
「両頭(りょうとう)倶(とも)に截断(せつだん)して、一剣天に倚(よ)って寒(すさま)じ」



両頭とは「Aが正しければBは間違い」のように、ある立場から物事を見て判断する考え方の事。


この言葉は、そういう相対的な考え方を脱して、「天の一剣によって本質に迫れ」、つまり「神の視点で物事のありのままの姿を見よ」と教える言葉です。


左翼は社会の下から物事を見、右翼は上から見ると言い、裁判では弁護人と検察官とに分かれて議論し合います。


本質は何か、真相はどうなのかを突き詰めるには、どちらの側にも立ち、どちらの側にも立たない、絶対的公平と絶対的中立とを以って曇りのない目で実相を見なければなりません。

当然、悪や不正を見逃すような甘さは通用しません。


古代の聖人たちは、厳しさと同時に罪を償った者への寛容さを持ち合わせた優れた精神性を持った人格者が多く、これこそが日本人の根本の精神。


何でも曖昧で、「なぁなぁ」で済ませようとする現代人は本来の日本の精神が欠如していると言わざるを得ません。


だから世の中の不正、例えば公に奉仕すべき官僚が天下りを繰り返して国民の支払った税金で一財産や二財産を築こうとも、理屈に合わない増税を強行しようとも「仕方がない」で赦してしまう。


悪に甘い事は「大らかさ」ではありません。



愛と許しと博愛の宗教と言われるキリスト教も、悪に甘い宗教でしょうか。


イエスキリストは神殿で商売をしている者どもの商売道具を叩き壊して追い出してしまう、悪には大変厳しい方でした。


キリスト教は新約聖書と共に旧約聖書も聖典としていますが、旧約聖書は「目には目を、歯には歯を」の非常に厳しい戒律の世界。


そんな古くさい聖典がなぜ廃れていないのかというと、人殺しの罪が許されるには「自分の命を捧げても良い」という「目には目を」の精神を伴って初めて、罪を償ったと認められ、キリストの説いた「許し」の恩恵に与れるわけです。


許しにはそれに相応しい心による償いが必要であり、無条件に悪を赦すという教えはありません。


キリスト教が形骸化しているとはいえ、欧米人の悪に対するはっきりとした姿勢が見られるのはいまだに偉人が残した精神性を失っていないという事でしょう。


それに対して、不正に曖昧な態度を取る日本人は、本当に大事な精神を失ってしまっていて、そういう姿勢でいる限り、日本人の真の自立はあり得ないと言えるでしょう。


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日本破壊の保守運動もある。安倍首相「戦後レジーム脱却」は真の日本への回帰


保守系の活動家が主張する意見
・日本人が素晴らしい素養を持っている事、
・戦前の軍人が立派で、日本を守るために戦ってくれた事

この2点は私も同意見です。まともな日本人なら誰もがそう思うでしょう。

また
・明治期は日本は欧米と良好な関係だったのに、日本国内と世界中のソ連のスパイによって、日本が国際的に孤立させられて、本来必要の無かった戦争に引きずり込まれた。
・軍人は立派に戦ったが、軍参謀・政治家・官僚がスパイだらけで、勝てない戦争を仕組まれた。
・昭和初期~戦時中は共産主義体制だった。
これらも学校では教えない歴史の真実ですね。


では、これはどうでしょう。
・八紘一宇の精神は素晴らしい。「天皇陛下バンザイ!」


八紘一宇とは「天皇陛下を中心に世界を一つの家族にしよう」という考え方です。


では、ある人が「日本もローマ法王を中心として一つになろう」なんて言ってきたら、日本人ならどう思うでしょうか。

「何を言うか。日本は日本である。なぜローマ法王を仰ぎ見なければならないのか。お互いの国が対等に付きあえば良いではないか」と考えるでしょう。


天皇が存在する事が問題なのではありませんが、天皇陛下を北朝鮮の金正恩や金日成のように個人崇拝の対象として祭り上げる事は問題が多すぎるという話です。


東アジア全体に大東亜共栄圏の理想を打ち立てる事が戦争の大義となりましたが、「みんな仲良く頑張ろう」程度なら何ら問題ありません。


ところが、天皇を祭り上げてその下で世界を一つにしようとしたのは大きな間違いで、日本には天皇、他の国にはそれぞれの国家元首がいて、お互いに対等な関係を結べば良いはずなのに、「八紘一宇」の思想ではなぜか天皇を中心にするという考え方だけは絶対に譲りません。


それでは欧米人が危険視するのも無理はありません。


昭和天皇はご自身が「天皇陛下バンザイ」と祭り上げられる事を望んでいなかったのに、対米開戦へ駒を進めようとする政治勢力に天皇の権威を利用されて、日本が世界を敵に回してしまったのが大東亜戦争(太平洋戦争)の失敗です。


昭和天皇はドイツに接近しようとする近衛文麿首相にストップをかけようとしましたが、ソ連と通じている公家出身の近衛首相は天皇の意見を無視し、日本を戦争せざるを得ない状況にまで追い込んだせいで、勝てるはずもない戦いに突入していったわけです。

近衛文麿の戦争責任

共産主義者の近衛文麿総理大臣

当時、一部の公家が天皇よりも強い権力を握っており、政治権力がない天皇陛下はただの操り人形として利用されるだけの存在で、明治になって叫ばれるようになった「天皇陛下バンザイ」はそうした事実を隠すための偽りのスローガンです。

さらに近衛は、既に「天皇陛下バンザイ」と言わない者は非国民とされるように天皇が個人崇拝の対象となっていた背後で、政党を一つに統合し、経済を国家統制の下に置き、朝日新聞を使って好戦的な言論以外は認められない空気を作り出し、日本をまるで北朝鮮のような共産主義体制にしました。


天皇主権といいながら、実際には公家のやりたい放題の社会だったわけです。


太古の昔から帝(みかど)として祭り上げられた権力者は、その権威を利用する影の実力者の操り人形として用いられてきたのが歴史の常です。

アカメが斬る 大臣と帝


江戸期以前に「天皇陛下バンザイ」という言葉は無かった=そのようなものは日本人の伝統的な精神に無く、明治維新後に人工的に作られた考え方です。


天皇を祭り上げ個人崇拝する事は即ち、戦前と同じく特定の政治勢力が影の実力者として天皇を操って日本を支配する事も可能となるという事。官僚天国の日本ならいとも簡単にその体制に移行できるでしょう。


保守系の文化人には立派な方がたくさんおり、その活動は非常に有意義なものが多いのですが、デモ行進の締めくくりに「天皇陛下バンザイ」と万歳三唱をやっているのを時々見ますと、それにはさすがに違和感を憶えます。


天皇陛下が北朝鮮の金正恩のように祭り上げられることを喜ばれるはずがありません。「天皇陛下バンザイ」と叫ぶ活動家は戦前の失敗から何も学んでいないではないですか。


左翼の「日本は悪」「戦前は全部悪い」も変ですが、保守の「日本は全て善い」「戦前は全て正しい」もおかしい。正しいものも間違ったものも正しく総括すべきなのに、偏ったイデオロギーが幅を効かせて未だに総括されていません。


安倍首相の政治信念である「戦後レジームからの脱却」を戦前の日本への回帰だと捉え、憲法改正を「明治憲法に戻すべきだ」と主張している人がいます。


しかし、それでは再び過去の失敗を繰り返すだけ。

戦後レジームからの脱却は、そういう過去の失敗を総反省して、本来目指すべき日本の姿、本当の日本精神への回帰を目指すものでなければ意味がありません。


安倍首相がそこまで考えているかは不明ですが、今回の選挙がその方向に道筋をつける事に繋がるよう期待しています。



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日本人は元々大らかな民族。「多神教だから」ではない【一神教攻撃は親日派失う】


よく保守系の運動家が「キリスト教などの一神教は排他的で、日本の多神教は大らかな文化だ」と言うんですが、本当でしょうか。


テキサス親父こと、トニー・マラーノ氏は敬虔なクリスチャンでカトリック教徒。
トニー・マラーノ テキサス親父

この方は日本が大好きな親日派で、韓国・中国の反日に対しては非常に厳しく正論を述べますが、決して排他的ではありません。

自分の育った文化とは異質の日本文化に対して敬意を払っていらっしゃる実に大らかな方です。


他にもキリスト教徒といえばアインシュタインや李登輝がいますが、いずれも親日派の立派な人物で、排他的ではありません。
アルベルト・アインシュタイン
アルベルト・アインシュタイン

李登輝
李登輝=元台湾総統


では、多神教はどうでしょうか。

インドのカースト制度は多神教のバラモン教とヒンドゥー教がベースとなっていますが、非常に排他的で厳格な階級社会を作っています。


また、多神教には呪術や魔術を行うものが多く、悪を容認する弊害が生まれやすいのも事実です。

カーリー バラモン教
かなり気持ち悪いんですけど・・・・

ヨーロッパや中東では一神教を中心とした宗教戦争が度々起こっていますが、それは多神教でも同じで、多くは為政者が宗教を利用して宗教理念に反する政治を行ってきた結果生じたものなので、宗教そのものが戦争を引き起こしてきたわけではありません。


「一神教は排他的」というのは単なる思い込みに過ぎません。


日本人が優れていると言うのは結構なのですが、それで一神教を批判するというのは、世界の親日家を遠ざけてしまう事に繋がるので、やめたほうが良いでしょう。


保守系活動家がキリスト教を攻撃したり、変なレッテル貼りをするのはまずいなぁと思っていたら、そういう事をやっている動画がありました。


倉山満と言う保守の論客として活躍されておられる方が、YouTubeでキリスト教の批判をやっています。


それが以下の動画です。

すばやく学ぼう!世界の百年 第1回「キリストの正体」 【チャンネルくらら】
https://www.youtube.com/watch?v=zOruvAGxwv0

この動画。キリスト教への悪意が感じられて欧米人が見ると気分を悪くして日本人を変に誤解すると思いますよ。


内容を要約すると、

・イエスはユダヤ教の改革者で危険思想の持ち主。

ユダヤ教を信じるユダヤ人が救われると説く民族宗教だったのを「キリストを信じる者だけが人間だ」とする人類宗教に改革した。

よって、「汝の隣人を愛しなさい」の教えは危険思想である。

彼らが過激化したためキリストが磔(はりつけ)になった。

・「汝、心の中で姦淫するなかれ」の教え
心の中でも邪悪な事を考えてはならないという教えであり近代思想とは真逆である。

近代思想は態度に出せば責任を取らなければならないが、心の中では何を考えても良い。国家権力が人の心の中まで介入できないはずなのに、「心の中では信じていないな」と疑われると火あぶりや魔女狩りになってしまう。

・「この中で石もて投げる資格のある者のみ石を投げよ」の教え
犯罪者は刑罰に科せられなくなる。


・「私は地上に平和をもたらすために来たのではない」はイエスがナザレ村に帰った時に奇跡を起こせなくて、悔し紛れに言ったセリフである。
---------------
まず、この倉山満という方。

宗教とは心の問題を扱うものだという事をわかっていらっしゃらない。

仏教でも「慈悲の心をもって人を愛しなさい」と教えますし、イエスの「汝の隣人を愛せ」が危険思想だったら、仏教も危険思想という事になります。


言葉に出さずとも心の中にある煩悩・邪心が人を不幸にする。それを洗い清めるのが仏教であり、キリスト教でもあり、修行僧が山に籠もって修行をするのも心の中にある邪心を取り除くためです。なので、教えをそのまま法律に適用できないのは当たり前。


それを批判材料に使うのは、あまりにも無知で、近代思想によって築き上げられた法律が、宗教にその本質を置いている故に、法の公平が担保されている事もわからないでしょう。


例えば、口先だけの謝罪の「言葉」ではなく、その人の「心」が本当に悔い改めているかどうかが判決に左右される。そういう心の部分がなければ、法律も「仏つくって魂入れず」となって、機械で処理されるが如く非常にギスギスした人間性の感じられないものになってしまいます。


・「この中で石もて投げる資格のある者のみ石を投げよ」
・「私は地上に平和をもたらすために来たのではない」

いずれも、キリスト教の教義への無知が認められますが、倉山氏のような解釈しかできないようでは、教会の日曜学校に通っていた普通の欧米人からは「無教養」だと言われるのがオチです。

クリスチャンのサイトを読めば本当の意味はわかると思いますが、倉山氏のように頭でしか読めない人にはわからないかも知れませんね


一神教を貶め、多神教をいたずらに持ち上げようという保守系活動家の動機が見えますが、どうも本質が見えていないようです。



日本人は儒教と共に他の思想を受け入れて武士道として結実させましたが、同じ儒教を受け入れた韓国では上流階級が下層階級を奴隷のようにこき使う厳しい階級社会を作りました。


おなじ儒教を受け入れても、日本では武士道に結実し、韓国では強烈な差別意識を生み出しました。それは、それぞれの民族の性質がそうさせたのであって、儒教そのものが悪いわけではありません。


日本人はどんなものが入っても質のよいものにレベルアップさせてきましたが、それは日本人の持つ学習意欲と大らかさがそうさせたのであって、日本人の大らかさは「多神教だから」ではなく、もともと日本人は”大らかな民族”だったということでしょう。

だからこそ、儒教も仏教も、あるいはキリスト教も受け入れる事が出来たのだと言えます。


最近の研究では、古代の日本人は一神教だったと言われています。真の日本の伝統とは多神教ではなくて、一神教に根ざしたものかもしれませんよ。




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プロフィール

暴れん坊侍

Author:暴れん坊侍
*

妻(日本人)と娘・息子の4人家族を持つ生粋の日本人。

政治に目覚めたのは1982年冷戦まっただ中の頃。信頼できる情報を得る手段が少ない時代だった。

きっかけは、マモーノヴァ・ヴォズネセンスカヤ著「女性とロシア」。自由平等の理想天国だと宣伝されていた共産国家ソ連が牢獄国家だと知り、マスコミと教育機関による情報操作によって真実が隠されウソを信じ込まされている現実をまざまざと知った。


インターネットが一般化しだしてからネットを中心に活動を始めたが、保守系政治活動の中に潜むスパイの策略にかかって仲間を失ったのを機にそうした運動とは距離を置いている。


2014-11-02よりブログ始動

※ だいたい勢いで記事を書いてしまうので、誤字・脱字・文章表現のまずいところなどあるが、アップした後で修正するのが常である。ご了承願いたい。

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